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文語詩50/41

〔血のいろにゆがめる月は〕

血のいろにゆがめる月は、 今宵また桜をのぼり、
患者たち廓のはづれに、  凶事の兆を云へり。


木がくれのあやなき闇を、 声細くいゆきかへりて、
熱植ゑし黒き綿羊、    その姿いともあやしき。


月しろは鉛糖のごと、   柱列の廓をわたれば、
コカインの白きかをりを、 いそがしくよぎる医師あり。


しかもあれ春のをとめら、 なべて且つ耐へほゝゑみて、
水銀の目盛を数へ、    玲瓏の氷を割きぬ。



(下書稿4推敲後)

血のいろにゆがめる月は  今宵また桜をのぼり
患者たち廓のはづれに   凶事の兆を云へり

木がくれのあやなき闇を  いくたびもいゆきかへりて
熱植ゑし黒き綿羊     その姿いともあやしき

月しろは鉛糖のごと    柱列の廓をわたれば
コカインの白きかをりを  いそがしくよぎる医師あり

しかもあれ春のをとめら  なべて且つ耐へほゝえみて
水銀の目盛を数へ     玲瓏の氷を割きぬ



(下書稿4推敲前)

血のいろにゆがめる月の  今宵また桜をのぼり
患者たち廓のはづれに   凶事の兆を云へり

月しろは鉛糖のごと    柱影を廓に投ぐれば
コカインのけじろきかほり いそがしく医師はわたりぬ

しかもあれ春のをとめら  なほも且つ耐えほゝえみて
水銀の目盛を数へ     いそがしく氷を割きぬ

あゝ木立あやなき闇に   いまははやなげくとすれど
熱植えし黒き綿羊     声細り狂ふがごとき



(下書稿3)

血のいろに月はゆがみて
患者たち廓にひしめき
熱植えし黒き綿羊
葉桜の暗に嘆きぬ



(下書稿2推敲後)

岩手病院

血のいろにゆがめる月の
今宵また桜をのぼり
患者たち廓のはづれに
まがごとの兆を云へり

  あゝされど春のをとめら
  いそがしく氷を割けり

熱植えし黒き綿羊
月しろの草地に狂ひ
コカインのかほりのなかを
いそがしく過ぐる医師あり

しかもあれ 春のをとめら
水銀の目盛を数ふ



(下書稿2推敲前)

月赭し,ゴビの砂塵によるといふ

葉桜の梢のかなた
血のいろにうちゆがみつゝ
今宵また月はのぼりぬ
患者たち廓のはづれに
うちつどひうちひしめきて
まがごとの兆を云へり

  あゝされどきみはことなく
  朗らかに赤酒を煮たり

月しろと鉛糖のごと
柱影は廊にならびし
かなしくも綿羊はなき
いそがしく過ぐるひとあり

  あゝされど きみはえまひて
  フラスコを守る



(下書稿1は断片のため省略)