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文語詩50/38

〔秘事念仏の大師匠〕〔一〕

秘事念仏の大師匠、   元真斉は妻子して、
北上岸にいそしみつ、  いまぞ昼餉をしたゝむる。

卓のさまして緑なる、  小松と紅き萱の芽と、
雪げの水にさからひて、 まこと睡たき南かぜ。

むしろ帆張りて酒船の、 ふとあらはるゝまみまじか。
をのこは三たり舷に、  こちを見おろし見すくむる。

元真斉はやるせなみ、  眼をそらす川のはて、
塩の高菜をひた噛めば、 妻子もこれにならふなり。



(下書稿2推敲後)

秘事念仏の大師匠
元真斉は妻子して
北上岸にいそしみつ
いまぞひるげをしたたむる

卓のさまして緑なる
小松と紅き萱の芽と
雪げの水にさからひて
まことねむたき南風

むしろ帆張りて酒船の
岸べづたひにめぐり来る
ふとあらはるゝまみのまへ
男の子は三たりふなべりに
こちを見おろし見すくむる

源真斉は川下に
まなこををそらしやるせなく
塩の高菜をうち噛めば
妻子もこれにならふなり



(下書稿2推敲前)

秘事念仏の大師匠
元真斉は妻子もて
北上岸の砂土に
いまぞひるげをしたたむる

山の鉛をとかし来て
ねむたき水をいまさらに
むしろ帆張りて南風
のぼる船こそ岸づたひ

船はまことにのろけれど
男の子は三たりふなべりに
○○と立ちつゝ息づかひ
岸のまどひを見すくむる

源真斉は川下に
まなこををそらしひたすらに
塩の高菜をうち噛めば
妻子もこれにならひけり



(下書稿1)

かゞやく河にうちのぞみ
紅き萱芽に埋もれて
憎むべき「寅」飯をはむかも

卓のさまして緑なる
小松が横に身を置きて
わが中傷者栗飯をはむ



(先駆形口語詩「憎むべき「隈」辨当を食ふ」)

憎むべき「隈」辨当を食ふ

きらきら光る川に臨んで
ひとりで辨当を食ってゐるのは
まさしく あいつ「隈」である
およそあすこの廃屋に
おれがひとりで移ってから
林の中から幽霊が出ると云ったり
毎晩女が来るといったり
町の方まで云ひふらした
あの憎むべき「隈」である
ところがやつは今日はすっかり負けてゐる
第一 草に腰掛けて
一生けん命食ってゐるとき
まだ一ぺんも復讐されない
敵にうしろを通られること
第二にいつもの向ふの強味
こっちの邪魔たる群衆心理が今日はない
晴天の下まさしく一人と一人のこと
第三 やつはもういゝ加減腹いせをして
憎悪の念が希薄である
そこでこっちもかあいさうなので
避けてやらうと思ふけれども
するとこんどはおれが遁げたと向ふが思ふ
こゝにおいてかおれはどうにも
今日は勝つより仕方ない
川がきらきら光ってゐて
下流では舟も鳴っている
熊は小さな卓のかたちの
松の横ちょに座ってゐる
ぢろっと一つこっちを見る
それからじつにあわてたあわてた
黄いろな箸を二本びっこにもってゐて
四十度ぐらゐの角度にひろげ
その一本で
熊はもぐもぐ口中の飯を押してゐる
おれはたしかにうしろを通る
こんどはおれのうしろの方で
大将おそらく興奮して
味もわからずつゞけて飯を食ってゐる
然るにかうきっぱりと勝ってしまふと
あとが青黒くてどうもいけない
とは云ふものの別段おれは
何をしたといふ訳でない
向ふが勝手で播いたのを
向ふが勝手に刈ったのだ