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文語詩50/22

五輪峠

五輪峠と名づけしは、  地輪水輪また火風、

(巌のむらと雪の松)  峠五つの故ならず。


ひかりうづまく黒の雲、 ほそぼそめぐる風のみち、

苔蒸す塔のかなたにて、 大野青々みぞれしぬ。



(定稿推敲前)

五輪峠

五輪峠と名づけしは、  地輪水輪また火風、

空輪五輪をかたどりし、 峠五つの故ならず。


ひかりうづまく黒の雲、 ほそぼそめぐる風のみち、

苔蒸す塔のかなたにて、 大野青々みぞれしぬ。



(下書稿推敲後)

五輪峠

五輪峠と名づけしは地輪水輪また火風
峠五つのゆゑならず
巌のむらと雪の松
ひかりうづまく黒の雲
ほそぼそめぐる風のみち
五輪の塔のかなたにて
大野青々みぞれしぬ



(下書稿推敲前)

五輪峠

五輪峠と名づくるは
峠五つのゆゑならず
温石石と雪の松
苔蒸す塔に名を負ひぬ



(先駆形口語詩「五輪峠」)

一六

五輪峠

一九二四、三、二四、

宇部何だって?……
宇部興左ェ門?……
ずゐぶん古い名前だな
   何べんも何べんも降った雪を
   いつ誰が踏み堅めたでもなしに
   みちはほそぼそ林をめぐる
地主ったって
君の部落のうちだけだらう
野原の方ももってるのか
   ……それは部落のうちだけです……
それでは山林でもあるんだな
   ……十町歩もあるさうです……
それで毎日糸織を着て
ゐろりのへりできせるを叩いて
政治家きどりでゐるんだな
それはまもなく没落さ
いまだってもうマイナスだらう
   向ふは岩と松との高み
   その左にはがらんと暗いみぞれのそらがひらいてゐる
そこが二番の峠かな
まだ三つなどあるのかなあ
   がらんと暗いみぞれのそらの右側に
   松が幾本生えている
   藪が陰気にこもってゐる
   なかにしょんぼり立つものは
   まさしく古い五輪の塔だ
   苔に蒸された花崗岩みかげの古い五輪の塔だ
あゝこゝは
五輪の塔があるために
五輪峠といふんだな
ぼくはまた
峠がみんなで五っつあって
地輪峠水輪峠空輪峠といふのだらうと
たったいままで思ってゐた
地図ももたずに来たからな
   そのまちがった五つの峯が
   どこかの遠い雪ぞらに
   さめざめ青くひかってゐる
   消えやうとしてまたひかる
このわけ方はいゝんだな
物質全部を電子に帰し
電子を真空異相といへば
いまとすこしもかはらない
   宇部五右衛門が目をつむる
   宇部五右衛門の意識はない
   宇部五右衛門の霊もない
   けれどももしも真空の
   こっちの側かどこかの側で
   いままで宇部五右衛門が
   これはおれだと思ってゐた
   さういふやうな現象が
   ぽかっと万一起こるとする
   そこにはやっぱり類似のやつが
   これがおれだとおもってゐる
   それがたくさんあるとする
   互ひにおれはおれだといふ
   互ひにあれは雲だといふ
   互ひにこれは土だといふ
   さういふことはなくはない
   そこには別の五輪の塔だ
あ何だあいつは
   いま前に展く暗いものは
   まさしく北上の平野である
   薄墨いろの雲につらなり
   酵母の雲に朧ろにされて
   海と湛える藍と銀との平野である
向ふの雲まで野原のやうだ
あすこらへんが水沢か
君のところはどの辺だらう
そこらの丘のかげにあたってゐるのかな
そこにさっきの宇部五右ェ門が
やはりきせるを叩いてゐる
   雪がもうここにもどしどし降ってくる
   塵のやうに灰のやうに降ってくる
   つつじやこならの潅木も
   まっくろな温石いしも
   みんないっしょにまだらになる