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文語詩50/18

〔月のほのほをかたむけて〕

月のほのほをかたむけて、  水杵はひとりありしかど、
搗けるはまことみも得ぬ、 渋きこならの実なりけり。


さらばとみちを横ぎりて、  束せし厩肥の幾十つら、
祈るがごとき月しろに、   朽ちしとぼそをうかゞひぬ。


まどろむ馬の胸にして、   おぼろに鈴は音をふるひ、
山の焼畑 石の畑、     人もはかなくうまいしき。


人なき山彙やまの二日路を、   夜さりはせ来し酉蔵は、
塩のうるひの茎噛みて、   ふたゝび遠く遁れけり。



(下書稿4推敲後)

月のほのほをかたむけて
みずきはひとりありしかど
搗けるはあはれ得も食まぬ
渋きこならの実なりけり

さらばとみちを横ぎりて
束せし厩肥の幾十つら
祈るがごとき月しろに
朽ちしとぼそをうかゞひぬ。

まどろむ馬の胸にして
おぼろに鈴はうちふるひ
山の焼畑石の畑
人もはかなくうまゐしき。

遁れて人なき山彙やまの二日路を
夜さりはせ来し寅吉は
塩のうるゐの茎噛みて
ふたゝび遁れ走りけり



(下書稿4推敲前)

月のほのほをかたむけて
水杵みずきいくたびはたらけど
搗けるはこならみづならの
渋き穀斗の類なりき

さらばとみちをよこぎりて
束せし厩肥の幾十つら
祈るがごとき月しろに
くりやのとぼそうかゞひぬ。

まどろむ馬の胸にして
おぼろに鈴はうちふるひ
ひとは焼畑石の畑
うつゝもあらずうまゐしき



(下書稿3推敲後)

兇賊

月の燐火をかたむけて
のぼる水杵に近づきて
臼をさぐればはかなしや
栗の殻こそ搗かれたれ

さらばとみちをよこぎりて
庭をめぐれば月あかり
束せし厩肥の幾つらに
祈るがごとく照り映えぬ

うまゐの馬の胸やらん
おぼろに鈴の音ありて
ひるの焼畑石の畑
人も生くとし見えれりき

遁れて人なき山彙やまの二日路を
夜さりはせ来し寅吉は
塩のうるゐの茎噛みて
ふたゝび遁れ走りけり



(下書稿3推敲前)

兇賊

人なき山路二十里を
すでに走りて稲妻は
丘のはざまの月あかり
水杵をのぞみとゞまりぬ

月のあかりをぼろぼろと
こぼして槽はのぼれども
杵はさびしやうつろなる
臼をそだゞくのみなりき

さらばとみちをよこぎりて
家の内外をうかゞへば
七十ばかり厩肥の束
月にならびて干されけり

おぼろに鈴の音するは
睡れる馬の胸らしく
山の畑のつかれはも
ひともうまゐと見えにけり

人なき山路二十里を
すでに走りて稲妻は
水一口をほゝばりて
ふたゝび遁れはしりけり



(下書稿2)

鈴の音おぼろに鳴るは
うまゐする馬の胸らし
厩肥の束七十ばかり
月しろに並べ干されつ
山ばたに蕎麦播く日ごと
人もまたうまゐやすらん



(下書稿1推敲後)

巨なるどろのもとにて
水落しはねあがれるは
式古き水きねにこそ

おぼろにも鈴の鳴れるは
その家の右袖にして
まどろめる馬の胸らし

厩肥の束七十ばかり
月しろに並べ干されぬ
ひともまたうまゐすらしを

きねはまた月のかけらを
ぼそぼそに落してあがり
鈴の音やゝ明らけし



(下書稿1推敲前)

セレナーデ

巨なるどろの根もとに
水をけてうちはねたるは
式古き水きねにこそ
   きみしたひこゝにきたれば
   草の毛や貼るの雲さび
   月の面をかすめて過ぎつ
おぼろにも鈴の鳴れるは
その家の右袖にして
まどろめる馬の胸らし
厩肥の束七十ばかり
月しろに並べ干されぬ
をちこちに鈴のさまして
かすかにも啼く鳥あるは
保護色と云はゞ云ふべし
きねはまた月のかけらを
ぼそぼそに落してあがり
鈴の音やゝ明らけし



(先駆形口語詩「〔どろの木の根もとで〕」)

どろの木の根もとで
水をけたてゝはねあがったのは、
まさしくこゝらの古い水きね
そばには葦で小さな小屋ができてゐる
粟か稗かをついてるらしい
つゞけて水はたうたうと落ち
きねはしばらく静止する
ひるなら羊歯のやわらかな芽や
プリムラも咲くきれいな谷だ
きねは沈んでまたはねあがり
月の青火はぼろぼろ落ちる
もっともきねといふよりは
小さな丸木舟であり
むしろ巨きなさじであると
こんども誰かゞ云ひさうなのは
じつはこっちがねむたいのだ
どこかで鈴が鳴ってゐる
それは道路のあっち側
柏や栗か そのまっくらな森かげに
かぎなりをした家の
右の袖から鳴ってくる
前の四角な広場には
五十ばかりの厩肥の束が
月のあかりに干されてゐる
ねむった馬の胸に吊るされ
呼吸につれてふるえるのだ
馬は恐らくしき草の上に
足を重ねてかんばしくねむる
わたくしもまたねむりたい
まもなく東が明るくなれば
馬は巨きな頭を下げて
がさがさこれを畑へはこぶ
そのころおれは
まだ外山へ着けないだらう
ひるの仕事でねむれないといって
いまごろこゝらをうろつくことは
ブラジルでなら
馬どろぼうに間違はれて
腕に鉛をぶちこまれても仕方ない
どこかで鈴とおんなじに啼く鳥がある
それはたとへば青くおぼろな保護色だ
向ふの丘の影でもないてゐる
そのまたもっと向ふでは
たしかに川も鳴ってゐる
きねはもいちどはねあがり
やなぎの絮や雲さびが
どろの梢をしづかにすぎる